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2022 . 4 . 26

 デザインすることや創造的であることの意味が日本において変化したのは、今から10年くらい前のこと。あの日以来、自分たちで暮らしや社会の形成を考え実行する試みが同時多発的に拡がっている。ひとつひとつは局地的な取組みであったとしても、特に若い世代を中心に、社会を課題解決の対象とするだけではなく、自らの生が不断に生成される環境として捉えるようになったのではないだろうか?少し皮肉な見方をすると、奇しくもあの当時日本に紹介されたばかりのBOPとデザインに浮かれていた課題ハンターたちが立ち止まって足下を検分した結果、課題の本質にはひとつの生であり、さらには自らも含まれるそれらの生の集合としての共同体・社会そのものへと繰り返される還流の重要性に気づいたと言うこともできそうだ。であればこそ、このような姿勢は日常圏に閉じたものではなく、世界とシームレスに繋がる普遍性すら湛えたマインドセットになったのではないだろうか。


 そう、ツールではなくマインドセット。本書は多くのデザイン関連書籍とは異なり、コ・デザインのやりかたやそこで使用されるツールやテンプレートを開陳するような野暮はしない。プロセスやツールが知りたければググるだけで、様々なチャートや解説を手軽に入手することができるし、それらを使ってすぐにコ・デザインなるものを始めることすらできる。そしてあなたは、おそらく失敗もしくは失望することになる。でも心配することはない、本書はそうした人に向けて(も)書かれているからだ。いわゆる製品開発におけるワークショップであれ、コミュニティ活動であれ、なぜ誰かと一緒に考え・創り・行動するかについて、すぐに役立つティップスではなく考えるためのヒントが本書には示されている。読了した後に、あなたがそれでもコ・デザインやグループワークを選ぶかどうかは重要なことではない。ぼんやりとでも、別の構えの存在を意識できるようになれば、ひとまずは上首尾だといえるだろう。


 ところで日々デザインに携わっている身としては「第2章 デザインにできること、できないこと」に最も興味を惹かれた。「デザイン」という用語は鵺のようなもので定義が一向に定まらない。従来よりデザインとは「色カタチのことだけではない」などと言われていたところに、無形物もデザインの対象となるなか「広義のデザイン」とか「D(ビッグディ)とd(スモールディ)」など、相変わらず散漫な分類や定義が取りざたされている。本書でもハーバート・サイモンの「現状をより好ましいものに変えるための行動を考案する人は、誰でもデザインをしているのだ」という言葉や、マンズィーニのデザイン類型を用いてデザインの意味を説明しようとしているが、興味深いのは何がデザインかだけではなく、ハーバード・サイモンの言葉を出発点に、デザインでないもの・デザインすべきでないものも同時に定義しようとしているところだ。「好ましい」と「考案」という言葉がさりげなく「倫理」と「制御」に置き換わっているのは、ちょっと危ういけどなかなか示唆的である。


 さらに粘着的に考えてみると「コ・デザイン」や「デザイン思考」などは、なぜ“デザイン”という言葉を用いるのかも気になってくる。もちろんデザインとは単なる意匠のことだけではないという前提に立ってもなお、なぜ「コ・PDCA」や「リフレーム/プロトタイプ思考」ではないのだろうか?そのことについて考えていくと、本書の内容からは少し離れていくが、個人的にはデザインの特異性を、1)機知に富んでいること、2)美しいこと、3)主客の境界を溶かす状況を作ること、と捉えるのが今のところ一番しっくり来ている。デザインという語を冠する以上は、製品・サービス・活動を問わず、これらの特徴を備えて欲しいと思うのは、あまりにロマンティックすぎるだろうか?これらの特徴(特に3番目)は同時期に読んでいた「利他と料理(土井善晴・中島岳志)」「<責任>の生成-中動態と当事者研究(國分巧一郎・熊谷晋一郎)」「手の倫理(伊藤亜紗)」「人類学とはなにか(ティム・インゴルト)」で語られることとも、どこか繋がっていると勝手に思っている。そしてティム・インゴルト以外の著者のほとんどが東京工業大学の「未来の人類研究センター・利他プロジェクト」に関わっているのも面白い。上平氏もデザイン人類学に接近しており、新しい節目となった2020年を越えて、括弧つきの人間中心ではないデザインと民俗誌ではない人類学の周縁の交わる場所から、デザインの新たな展開が始まるのではないだろうか?そしてそうした展開が予めコ・デザインでしかありえないことに疑問を挟む余地はない。


柴田 厳朗|デザイン・ストラテジスト

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