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2022年5月・福島の今を見聞きする(後半)

2022 . 6 . 24

 前半は被災を記録する施設を中心に紹介したが、公共事業としての復興事業にはそうした施設の建設だけでなく、当然のことながらインフラ整備や「福島イノベーション・コースト構想」のようなメガプロジェクトがある。その一方で公共予算も活用されてはいるが、個人や地域コミュニティの活動をベースにしたものもある。今回はそうした個人ベースの活動を中心に触れていきたい。


南相馬市小高区


 今回のツーリングの初日、浜通りを北上するルートでの宿泊先を探す際、復興に向けた取り組みが盛んな地域を探そうと「復興・イノベーション・デザイン・コミュニティ」などのキーワードで検索すると、南相馬市小高区の記事が多く出てきた。また復興事業と直接的な関係は薄いかもしれないが、作家の柳美里さんが作った書店「フルハウス」も小高区にある。ということで検索にも出てきた双葉屋旅館に泊まることにした。ちなみにこの旅館は楽天トラベル等には載っておらず、予約方法は電話かFAXでの問い合わせのみ。さて双葉屋旅館、見た目は典型的な古めの駅前旅館だが、ネットの記事を読む限り、まちづくりの活動に積極的だったり、原発災害を契機に繋がったチョルノービリとの交流など、暮らすこと・稼ぐこと・生きることが、意思をもった自然体の日常になっているようだ。私が訪れるちょっと前にはウクライナ映画の上映会もやっていた。夕食の後、小高区に設立されたクラフト・サケ・ブリュワリー「haccoba」の日本酒を1杯ご馳走になった流れで、なぜこの地で復興の取り組みが盛んなのか宿のかたに訊ねたところ「結局のところ行政ではなく、個人の想いと行動力が小高区の今を支えている」と教えていただいた。


 その個人として名前が挙がったのが、小高ワーカーズベースの和田さんというかただ。復興初期は個人で活動されていたようだが、今は地域おこし協力隊制度を利用して起業する人たちを支援する「Next Commons Lab 南相馬」の事務局運営もされている。彼が掲げているのが「地域の100の課題から100のビジネスを創出する」というもので、まだ100のビジネスとまではいかないが、先にあげたhaccobaなどいくつかの事業が立ち上がっている。地域課題の解決やイノベーションなどといったキーワードは色々なところで聞くクリシェだが、実践して定着させることに成功した地域がそれほど多くはない。なのでここで起こっていることをもう少し理解したかったが、GW期間ということで実際の活動に触れることは叶わなかった。ちなみにこのように書くと、いかにも活気あふれるまちをイメージするかもしれないが、実際の風景は地方小都市のそれであり、単に旅人として通過してしまうとそこで起こっていることはまったく見えない。


飯舘村


 前半冒頭でも少し触れた飯舘村は、震災直前には約6,000人の住民が暮らしていたが放射能の影響で全村避難になった。2017年に避難指示がほぼ解除され、現在の人口は約1,400人にまで戻っている。とはいえ、やはり若い世代の帰村は進んでおらず、小学校のほとんどは廃校/閉校となった。そのうちのひとつ、旧飯舘村立草野小学校で、食品・雑貨・伝統工芸品等を販売する「山の向こうから vol.4」というイベントが、GW期間中に開催されていたので立寄ってみた。このイベントは地域起こし協力隊の二瓶麻美さんが尽力しているようだ。インタビュー記事を読むと毎回約500人の来場者があるということで、私が訪れたときも想像以上に人が集まっているという印象だった。


 このイベントの面白いところは、出店者が飯舘村/福島県に限られていないことだ。ある種のキュレーションと人のつながりで日本各地から様々な小規模の事業者が集まってきている。来場者はといえば、クルマを見ると福島県ナンバーが多かったので、旧飯舘村住民や近隣の市町村の住民が訪れているようだ。前半の冒頭に飯舘村のかたが「風化して忘れ去られるのが怖い」と言っていたという話を書いたが、盆正月・成人式といった歳時記的な行事だけでなく、魅力的なイベントなど集まる理由があれば人は集まってくるものだなと得心した。そしてそれが継続されれば、その土地は決して忘れ去られることはないだろう。


須賀川市


 郡山市の南側に位置する須賀川市は円谷英二氏の出身地ということで、街なかにウルトラマン関連のキャラクター像が立っているだけでなく、市の施設のなかにも無料の円谷英二ミュージアムがある。そしてその施設が須賀川市民交流センター(tette)だ。メインとなる機能は図書館や生涯学習支援・子育て支援機能だが、こちらも震災でダメージを受けた公共施設の再整備と市民生活の再活性化がテーマになっている。デザイン雑誌「AXIS Vol.217 特集 CITIZEN-CENTERED DESIGN」でも取りあげられているので、開館に至る経緯に興味のあるかたはそちらの記事かこちらのインタビュー記事を参照していただければと思う。時間がなくじっくり見て回ることができなかったが、市民ワークショップから出た意見も踏まえたうえで、様々な機能が建築デザインによってシームレスに繋がっており、気持ちの良い体験ができそうな空間になっていたのが印象的だった。


 ということで、最後に蛇足めいたことを。私はデザイン思考の話をする時に、村上春樹さんがエルサレム賞受賞スピーチで述べた「もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます。そう、どれほど壁が正しく、卵が間違っていたとしても、それでもなお私は卵の側に立ちます。正しい正しくないは、ほかの誰かが決定することです。あるいは時間や歴史が決定することです」という言葉を引用することが多い。社会システムの構築にもデザインという考えかたや方法論が応用されるようになった今、人間中心という収まりの悪い翻訳語より、この比喩を矜恃として大切にしたいと思う。



柴田厳朗 | デザイン・ストラテジスト

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